mioazu

1 :名無しさん@涙目です。(秋田県):2011/03/21(月) 22:37:18.71 ID:IZs7/21t0● ?PLT(18614) ポイント特典

アワビやホタテの養殖で知られる同市三陸町吉浜の集落は、
1896年の明治三陸津波で住民の2割が津波にさらわれ、壊滅状態になった。
復興に際し、「また必ず大津波が来る」と確信していた当時の村長らが、高台への集落移転を強く推進した。

 「高所移転」が奏功して、1933年の昭和三陸津波では、死者・行方不明者は住民の1割にとどまった。
国と岩手県も低利融資制度を設けて本腰を入れ、
当時、海岸沿いにあった周辺20町村の2200戸を対象に大規模な高所移転を図った。
 
吉浜では今や440戸のほとんどが、吉浜湾を臨む標高20メートル以上の高台に立っている。
今まで集落があった土地は、ほとんどが水田に変わった。東日本大震災の津波は標高20メートルの所まで迫ったが、
わずかに低い土地にあった3戸が津波にすくわれただけだったという。
 
漁師が先祖代々の土地を離れるのは、かなりの覚悟が必要だったに違いない。
行政も、住民の説得、移転先の道路や水道管の整備に大苦労したという。「本当にありがたいことだよ」。
泥の海と化したよその集落の惨状を思い浮かべながら、柏崎美智子さん(65)がつぶやいた。
当時の人々の英断と努力が、115年後に子孫の命を救った。
(続きはソースで)
http://www.at-s.com/news/detail/100012080.html




80 :名無しさん@涙目です。(関東・甲信越):2011/03/21(月) 23:24:14.08 ID:eDVrukAWO

>>1
長△
スーパー堤防イラネとか言ってるレンホウとは違うな



先人の決断が子孫を救う「高所移転」で集落の被害殆ど無し…の続きを読む