1 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:23:20 ID:6ZOC
ある?
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古代っていつら辺?
5 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:24:46 ID:6ZOC
>>2
一般的には摂関期まで
ただ厳密な定義はない
8 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:26:08 ID:dyfI
何聞けばいいかわからんから適当に面白い話して
13 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:28:42 ID:6ZOC
>>8
なぜか「学会では聖徳太子非実在説が有力」みたいな言説がまことしやかに言われるけどそんなことない
あと蘇我氏渡来人説も大して有力じゃない
19 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:32:10 ID:dyfI
>>13
非実在説は東方で知ったわ
こういうトンデモ説がマジなパターンってやっぱりほぼないんやなぁ
9 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:26:34 ID:US7O
完新世入ったのっていつ頃?
15 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:29:46 ID:6ZOC
>>9
概ね1万年前が通説やと思うけどその辺の地質学の話題は詳しくない
10 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:27:08 ID:HMmY
空白の四世紀は いつからいつまで?
22 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:32:44 ID:6ZOC
>>10
実質的な意味合いで言ったら、晋書で邪馬台国の台与の遣使の記事から、宋書で倭の五王の讃が最初に遣いを送るまでの時期の空白やから
3世紀後半から5世紀前半まで150年くらいになるかな
76 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:09:06 ID:HMmY
>>22
なんか ちょこちょことコメされてるからなんやろ?と気になってたんや
あとで その時代を調べてみよう
しかし…現実の歴史にも消された歴史があるんやな
82 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:14:01 ID:pTys
>>76
消されたんじゃなく中国の資料に出てこないだけやで
日本はまだ本格的に文字使ってない
85 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:15:35 ID:HMmY
>>82
たしか 調べたんやが
それらの歴史資料をもってた奴のとこが焼き討ちにあって
資料が焼失したから…と思っただけや
89 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:16:38 ID:pTys
>>85
あーなるほど
99 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:20:40 ID:HMmY
>>89
勝った側が正義で 敗北者が悪という言葉があるから
焼き討ちの本当の理由も定かやないから
よほど都合の悪いものなん?って勘ぐったんや…
141 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:40:54 ID:6ZOC
>>85
細かい話になるけどそれは空白の4世紀問題とはちょっと別問題になるかな
147 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:44:39 ID:6ZOC
多分>>85で言ってるのは日本書紀の元になった天皇記が、蘇我蝦夷が追い詰められて炎の中で自害する時に失われたって話やと思う
ただどっちみち天皇記も7世紀の初頭成立で4世紀まで遡る代物ではないんよ
空白の4世紀は中国側の正史に日本(倭国)の記述が無くなるという問題やな
156 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:52:09 ID:HMmY
>>147
それや 眠いから話が抜けてたわ
今となっては 古代史は稲葉の白兎とかおとぎ話しか歴史の手がかりがないんよな
天皇記が正しいのかすらもわからん 権力者は都合よく記録してそうやし…
14 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:29:40 ID:gvSY
法隆寺ができたのはいつやねん
25 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:34:51 ID:6ZOC
>>14
普通に607年って認識でええんちゃうかな
天智天皇の時代に焼失してるから場所は少しズレてるはずやけど
17 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:30:33 ID:gvSY
あと称徳天皇と道鏡ってガチできてたと思う?
27 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:38:38 ID:6ZOC
>>17
これは後世の人間が面白おかしくネタとして消費してる面があるから性的関係まで想定して良いかは微妙なんよな
家康脱糞ネタみたいな
61 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:02:27 ID:vqQA
日ユ同祖論についてどう思う?
98 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:20:18 ID:6ZOC
>>61
トンデモ論の域を出ないと思う
18 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:30:50 ID:ZQ2X
なんか今研究してることとかあるの?
33 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:43:38 ID:6ZOC
>>18
研究者じゃないからガチの研究はしてないで
趣味で古代史の研究史とか調べてる
20 :◆NyFx.jz8as 22/02/03(木)02:32:12 ID:Ccxq
wikiで海神族とか天孫族とか見るけど、あれってマジで学術的な用語なの?
33 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:43:38 ID:6ZOC
>>20
全く使われないこともないけどその手のワードはトンデモ論に流用され過ぎて忌避されてる気もする
21 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:32:23 ID:gvSY
古代の頃からデカパイってモテたんかな
29 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:38:41 ID:AktE
>>21
世界的に見ると乳に関心持つ文化は実はかなり少ないと思う
南の島の人間は乳出して平然としてるやろ?
日本も興味なかったらしく西洋化の影響で興味持ったらしい
96 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:19:23 ID:rE4o
>>29
土偶のおっぱいドーン!尻ドーン!はどうなんのこのばあい
129 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:30:12 ID:FACA
>>96
ID変わったけどもデブがモテたってことで=乳に興味があったってことじゃないんちゃう?
137 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:38:25 ID:HMmY
>>129
太ってる=太れるくらいの富があるって事や無い?
24 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:34:15 ID:T9hr
好きな歴史上の人物は?理由と解説も欲しい
35 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:45:22 ID:6ZOC
>>24
古人大兄皇子、有間皇子、大津皇子、長屋王とか
政争に破れて非業の死を迎えてる皇族が好き
26 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:34:58 ID:gvSY
古事記の偽書説はどう思う?ワイは怪しいと思うんやが
37 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:46:59 ID:6ZOC
>>26
ほぼほぼ否定され尽くされてたと思うぞ
28 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:38:38 ID:gvSY
壬申の乱の勝因は?
42 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:50:32 ID:6ZOC
>>28
大友側の準備が整ってないうちに大海人が先制攻撃を仕掛けたこと
東海道の豪族勢力が大海人に積極的に味方したこと
大友側の近江政権に内部分裂が生じていたこと
34 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:44:30 ID:Ccxq
好きな研究者挙げて
50 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:55:50 ID:6ZOC
>>34
ベタだけど井上光貞と森浩一
54 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:57:10 ID:Ccxq
>>50
ワイ森浩一の授業受けてたで。一般教養科目やったが
36 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:46:28 ID:gvSY
塩焼王って名前可愛いよな
なんでこんな前つけられたんや
57 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:57:48 ID:6ZOC
>>36
塩焼王(氷上塩焼)も好きやで
新田部の息子って一時は皇太子だった道祖王もそうやけどろくな死に方しないよな
38 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:48:43 ID:tzJC
縄文弥生語れる?
60 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:00:36 ID:6ZOC
>>38
古墳時代はともかく縄文弥生はあんまり分からん
前方後円墳の成立過程を考える上で吉備や出雲の弥生墳丘墓は興味あるけど
39 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:49:04 ID:gvSY
継体天皇新王朝説はすこか
63 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:03:49 ID:6ZOC
>>39
継体で男系継承が途切れてる可能性はそれなりに高いとは思うけど、それを即座に「武力で旧王家を滅ぼした簒奪者」みたいな言説と結び付けるのには慎重でありたい
武力による侵略か、大和の有力諸豪族の合意があってのものかは何とも断言しかねるので
40 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:49:08 ID:Ccxq
古代史ってどこからどこまでを調べてるのか教えてほしい。
始まりは考古学的な話なのか神代の話なのか
終わりは古墳時代なのか奈良時代なのか平安時代なのか
72 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:08:28 ID:6ZOC
>>40
旧石器~平安中期までが一般的に「古代史」に含まれるけど、それ全部を研究対象にしてる研究者はまずいないと思う
まず文献史学と考古学に大きく別れるし、学者ごとにメインの時代もある
77 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:10:34 ID:qyNx
>>72
はえ~
90 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:16:52 ID:VVGV
>>72
そのクラスになると創作が入るとはいえ旧石器と平安が互角なくらい不確かなものなんやろな
江戸時代の前なんか本当は誰も知らないんやないのか?
30 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:40:00 ID:BbMr
天皇の血筋って何処まで実在してるんや?
神武天皇?ウガヤフキアエズ?
46 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:54:02 ID:6ZOC
>>30
男系で高い可能性をもって繋がるのは継体まで
考古学的に実在が確実な最古の天皇が雄略
現実的に実在した可能性が取り沙汰される最古の天皇が崇神
45 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:53:44 ID:qyNx
古代日本の婚姻制度について教えてくれ
昔は女性優位やったと聞くが
47 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:54:36 ID:pTys
母系だったとは聞くな
48 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:55:09 ID:qyNx
>>47
平安時代の妻問婚もその名残りやと聞いた
51 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:56:15 ID:pTys
財産分与も母系だったとか
実際それなら子供の父親分からなくても問題ないからな
52 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:56:52 ID:gvSY
天皇も母方、つまり摂関家の中で育てられるから摂関にとっては洗脳しやすかったみたいやな
59 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:58:57 ID:qyNx
古代の日本は母方の権力が強かったみたいやけど、完全な母系社会だったのかと言われると微妙なとこらしいというのもちらっと耳にしてな
イッチがその筋に詳しいなら真偽のほどを聞きたい
84 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:15:16 ID:6ZOC
>>59
男系(父系)に拘るのは中国の影響が強いから、母系よりから漸進的に父系よりになったのかなと思ってるけど、古墳時代でも支配者層と農民層ではその辺の事情は違うらしいし(農民層の方が母系より)どうなんやろう
より以前の縄文弥生の考古学的事情はワイもよく把握してない
95 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:18:52 ID:qyNx
>>84
支配者層が男系
男系は中国の影響
ってのを鑑みるとあれこれ邪推したくなってしまうンゴねぇ……
サンガツ
面白いことを聞けたわ
55 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:57:36 ID:dyfI
実在する最古の天皇って相当ターニングポイントなのに未だ分からないのは歴史のロマンがある
56 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)02:57:39 ID:JXFB
邪馬台国どこなんやろな
62 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:02:53 ID:pTys
>>56
ヤマト国やから大和で近畿説か山門で九州説な気がするなぁ
近畿説は当然ありそうやが九州も奴国あったし大陸近いし何より神武東征神話に辻褄合うからな
93 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:17:43 ID:6ZOC
>>56
現状は分からないからどうしようもないね
「親魏倭王」の金印がどっかから出てくればまた進展するやろけどそう都合よく出てこないやろな
65 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:05:16 ID:gvSY
考古学ってガチで信じていいんか
まるで考古学的証拠が絶対的みたいに語られるやん
柱の跡が出てきたからここは〇〇だったみたいな
そんな後くらいでほんま分かるんか
69 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:06:21 ID:Ccxq
>>65
まあ皆死んじゃってるから確定じゃないけど、
炭素年代測定とか複数の記述とかで比定(確定じゃない)するもんや。>>1じゃなくてすまんが
74 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:08:51 ID:gvSY
>>69
いやいやサンガツやで
炭素のやつとかの理系科学を持ち出されると素人にはなんも言えんから正しいとせざるをえんなぁ
81 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:13:34 ID:Ccxq
>>74
建物とか物的証拠が出るものはええんよ。問題は人間で
例えば「○○は××を殺した罪で処刑された」とかだと、××の遺骨に刺殺・絞殺痕があって、○○に処刑の痕が残ってたりしてやっと「ほぼ確定」ってなる。古代になるとそこまで行くのはほぼ難しいから、傍証をいくつか集めて「まあこの記述は概ね正しい」とかそういう風になる。
例えば中国史に載ってる倭国大乱とかは、炭素年代測定で実際の年代の骨に槍の傷跡とかが見つかって「あったらしい」とかってなる。
昔の知識やし間違ってたらスマソ
98 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:20:18 ID:6ZOC
>>65
まず考古学者の間でも細かい絶対年代の見解は結構割れるから一枚岩でもない
ただ記紀の信頼性が薄れる時代の検証は考古学の知見を重視しないとどうしようもない
66 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:05:38 ID:6ZOC
継体の問題はそもそも「男系継承」の原則がいつから成立してたのかも含めてやな
5世紀代の倭の五王も珍と済の続柄が不明という重大な問題あるし
67 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:06:02 ID:gvSY
はぇガチ詳しいンゴねぇ
68 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:06:11 ID:uGEn
安康天皇辺りのドロドロ感すこ
なんか人間って大して変わってないんやなって思える
124 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:27:58 ID:6ZOC
>>68
倭王武(雄略)が宋への上表文で「父(済)と兄(興)が立て続けに死んで喪に服してたからなかなか朝貢できなくてすいません(意訳)」って言ってるのがその政変を示唆してんじゃないかって言われてるな
70 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:07:07 ID:qyNx
言うてたかだか数百年前の歴史学も手のひらクルックルだったりするので……
127 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:29:37 ID:6ZOC
>>70
定説を覆す有力な証拠が出てるのに定説に固執する方が問題やからそこは手のひら返すくらいでええとは思うけど
あんまり定説が変わりすぎるのも困るよね
71 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:07:07 ID:pTys
なんやったっけ
崇神の頃と応神の頃、そして継体以降で皇族の名付けが違うんやっけ?
133 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:32:15 ID:6ZOC
>>71
崇神王朝がイリ王朝(三輪王朝)、応神王朝がワケ王朝(河内王朝)ってやつやな
戦後間もない頃から提唱されてきた三王朝交替説やね
73 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:08:30 ID:ZzZf
古代史はゴッドハンドのせいで、いかにいい加減な学問かを見せつけられてロマンもへったくれもなくなった
78 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:10:37 ID:gvSY
>>73
あの人まだ生きてるんかな
ほんまめちゃくちゃにしてくれたもんやよなぁ
80 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:12:40 ID:HMmY
>>73
そいつらは あの世で古代人にボコボコにされればええな
134 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:33:24 ID:6ZOC
>>73
なんかの新書で、ゴッドハンド一人のせいで考古学全体の世間からの信頼が大きく失われてしまったって考古学者が嘆いてたな
無理もない
79 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:10:44 ID:pTys
讃 珍 済 興 武
これ卑弥呼とかと違って日本語じゃなさそうやが中国名どう名付けたんや?
雄略=武=ワカタケルやから名前を訳したんか?
136 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:36:20 ID:6ZOC
>>79
武はその可能性が高いけどそれ以前の4人の由来は不明やな
83 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:15:06 ID:rE4o
仮の話やが金印見つけたとして、叩き潰して売ったらばれへんかね?
ばれたら犯罪なるんかね?
潰したら成分でばれへんかね?頼むわ
86 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:15:51 ID:rE4o
>>83
銅鏡ってメルカリで売ってもええの?
専門家が見たらなんかばれちゃう?
140 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:39:47 ID:6ZOC
>>83
その辺の扱いが違法かどうかは現代の刑法学の問題?になるからワイには何とも言いかねるけど、もしそんなことがあったら古代史の発展のためにぜひ大学とか考古学研究施設に連絡してほしいわ
145 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:44:30 ID:dYtr
>>83
金やから成分ではバレないけど混ざり物多すぎて言うほど高値では売れんで
18金だっだとしてま50万とかやけど国から買い取ってもらったら何十倍って値段になるで
151 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:47:59 ID:rE4o
>>145
埋蔵なんちゃらかんちゃら法で無償提供促されそう
かもしくは相続税爆アゲ没収
161 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:53:57 ID:dYtr
>>151
実は考古物は所有者の方が力が強いんや
せやから破壊する成分検査なんかは所有者の許可がないと出来ないからあんまり進歩できんのや
ちなみに勝手にゴッドハンドみたいに勝手にやってデータする残さなかった研究者もおる
172 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:59:46 ID:rE4o
>>161
はぇ~サンガツ
97 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:19:37 ID:CAUj
よう分からんねんけど大和に邪馬台国があったとしたら
吉野ヶ里遺跡はなんなんや?
100 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:21:05 ID:pTys
>>97
別の国やろ
西日本全体にいくつも国があったということになるんかな
176 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:01:11 ID:6ZOC
>>97
弥生後期の九州の有力諸国の一角
それに別に邪馬台国九州説だからって必ずしも邪馬台国=吉野ヶ里ってわけでもないしな
101 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:21:09 ID:RPHc
邪馬台国エジプト説とかいうこじつければ邪馬台国がエジプトに存在するといえるんやでっていう壮大な皮肉好き
103 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:21:27 ID:rE4o
>>101
そんなんあるんか
108 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:22:24 ID:pTys
>>101
万葉集という題名は英語で解釈できるという説を冗談で言ってた学者もいたな
110 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:22:41 ID:obDf
そもそも縄文時代から弥生までの7000年間の間に文明あったんか?
111 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:23:02 ID:qyNx
>>110
“文明”をどう定義するかという話になりそう
116 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:24:49 ID:obDf
>>111
あれよ
人類が狩猟生活から文字生み出すようになって色んな技術開発していったのが文明やろ?
128 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:29:50 ID:qyNx
>>116
人類が文字を生み出したのは農業を始めてからや
“文明”の定義を農耕牧畜から定住生活を始めて都市国家が形成されたことだとするなら、まあ「文明はあった」と言えるんやないかな
121 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:26:05 ID:9GUd
壬申の乱で近江側が勝ってたらどうなってたと思う?
都は滋賀のまま?
125 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:28:33 ID:dYtr
>>121
都はそのままやろうけど概ね現実と変わらないやろ
持統天皇は天智天皇の正当な後継者として中央集権化したし
197 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:11:16 ID:6ZOC
>>121
当面は大津宮かもしれないけど、どっちみち奈良や京都に遷都しそう感
その後の歴史は大友の次の天皇次第で変わりそう
葛野王が即位する世界線もあり得るかなとか考え出したらキリないな
132 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:32:13 ID:9GUd
>>125
はぇ~
よく知らんけど血筋も最終的に天智系が勝ってるし実質近江の勝利ってことやな
近江最高!
126 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:28:50 ID:obDf
日本人が狩猟生活から農耕牧畜するようになったのはいつ頃や?
稲作文化が伝来する前からもうどっかの地域でそれ始めてたのかな?
197 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:11:16 ID:6ZOC
>>126
稲作伝来以前の縄文から粟とかキビの小規模の農耕は行われてたらしいが
本格的な集団農耕の開始は稲作伝来してからやろな
131 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:31:45 ID:dYtr
>>126
古代って地図もないから国って概念があやふややねん
ほんでちょくちょく大陸から流れ着いて日本に来てたんやろうから特定の時期って判別できんのよ
138 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:38:58 ID:qyNx
>>131
マジでこれで、「よっしゃ狩猟生活から定住生活にクラスアップや!」ってボタンを押すように切り替わったわけではないんよな
歴史の時代区分なんかも同じで、社会ってのは漸進的に変わっていくものやから、何かを境に「はい○○時代です。社会が大きく変わりました」とガラッと変わるわけではない
結局のところ、歴史家がどう定義して解釈するのかという問題に過ぎん
199 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:17:02 ID:6ZOC
>>138
せやな
だからこそ歴史の局面の断絶性か連続性のどちらか片方でなく両方に目を向けるバランス感覚も必要やね
130 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:30:22 ID:obDf
日本武尊とかいうなろう主人公
親もヤバすぎる模様
135 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:35:24 ID:dYtr
正直古代史ってロマンあるか?史学やからロマンを排して史料だけで成り立たせる学問やろ?
近くて遠い存在よな
149 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:46:59 ID:qyNx
>>135
ワイは世界史にロマンを感じるタイプやからアレやけど、古代日本の銅矛と古代ギリシアの銅矛が同じルーツとかいう話を聞いたときは歴史のロマンを感じた
153 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:48:23 ID:rE4o
>>149
ええなそれ
162 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:54:52 ID:qyNx
>>153
あとは神話の類型とかも世界各地で同様のものが見られるな
いわゆる“見るなのタブー”なんかもそうや
紀元前1万年前~の文明の開闢とも呼べる時期は狩猟採集生活から定住生活への移行期間やから、この時期に生まれた文化や技術が各地に伝播していったと考えられてる
175 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:01:10 ID:rE4o
>>162
ハイヌウェレ型神話好きやわ
オオゲレツヒメもその一部やったんやなって
142 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:42:38 ID:J6ne
明治期の教科書に解説されてる古代史とか面白いよな
これは支那史によく引用されてるものやが
支那は今からざっと五千年の昔に建てられたものであって、住民は所謂漢民族(支那種族)であるが。
これは固有の支那人種ではのうて、以前に中央アジアから移住して、黄河の上流地方を経て支那本部に入り、当時揚子江や黄河の間に群がっていた土人苗族を征伐して、これに代ったものであるとのこと。
154 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:48:47 ID:6ZOC
4世紀が空白になった理由はその時期に倭国での動乱があったとも推察できるけど、中国での五胡十六国の動乱と朝鮮で高句麗が楽浪・帯方両岸を滅ぼしてまともに外交できなかったのがまず第一に大きいと思う
163 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:55:11 ID:6ZOC
「九州王朝」なるワードを使う学者もおるにはおるけど、それは弥生時代の奴国や伊都国、(そして邪馬台国九州説に立つなら邪馬台国も)のことであって、古墳時代以降に九州王朝があったと主張する人はまずおらんな
94 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:18:14 ID:Ccxq
九州王朝説どう思う?ロマンあってすこなんやが
158 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:52:51 ID:6ZOC
>>94
正直ほとんど支持されてないかと思う
168 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:58:17 ID:rE4o
>>158
せや
ロマンはあるが専門家やないから話半分に読物として楽しんどる
173 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:59:47 ID:yh9O
>>158
なんでや奴国も九州やん
182 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:03:25 ID:6ZOC
>>173
>>163やな
「九州王朝説」って言う場合に雑に弥生と古墳の情勢が混同されてるように思う
弥生の奴国や伊都国を「九州王朝」という用法もあるにはあるね
185 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:04:54 ID:yh9O
>>182
あ、邪馬台国の話じゃないのね
よくよんでなかったスマン
164 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:56:46 ID:VVGV
普通行き先が不明な海は行かないやろ?
遣唐使がなぜ怖くもなく勇気を出して中国へ行けるかは昔の言い伝えがでかいだろう
ここから行ける海の先には大陸があるんだよってな?
朝鮮半島とは違う大陸が
これが太平洋なら自殺行為やし
177 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:01:46 ID:rE4o
>>164
対馬の位置って絶妙よな
166 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:57:01 ID:9GUd
そう言えば柿本人麻呂の歌に「楽浪(ささなみ)の 志賀の辛崎 幸くあれど 大宮人の 船待ちかねつ」ってあるな
ここでは大津あたりの事を楽浪と呼んでる(かもしくは枕詞?)けど朝鮮半島の楽浪郡となんか関係あるんか?
167 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:57:40 ID:6ZOC
古墳時代には吉備の勢力が大和に準ずるほど強大になるから「吉備王朝」という考えを持ってる人ならいる
ただその場合も、大和王権と吉備が完全に対等だったとか、基本的に相互に対立する関係だったとか想定すると早計になってしまう
202 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:46:57 ID:Ap7W
神功皇后は何処までが史実かのう?
203 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)04:53:09 ID:rwB8
蘇我氏が渡来系なのは確実やろ
推古天皇が積極的に対外政策とったのもその蘇我氏出身だからやろうし
204 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)05:18:07 ID:M7QQ
縄文時代て結局何年続いたの
211 :名無しさん@おーぷん 22/02/04(金)16:38:59 ID:E91r
>>204
1万6千年やって凄いなあ
104 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:21:36 ID:VVGV
昔の診察券には慶応っていう項目が明治の左にあったよな?
その慶応から天保って実は近いんや
天保生まれってなんか会ってみたかったなあ?
109 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:22:40 ID:pTys
>>104
慶応あったんか!?
119 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:25:21 ID:HMmY
>>104
伯父と伯母があったことあるで
伯父と伯母とマッマからしたら ひいひいばあちゃん ワイからしたら5代前の先祖
文久元年から昭和39年まで生きてた
139 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:39:28 ID:VVGV
>>119
やはり慶応でさえない年号は迫力出る
文久から昭和39年 五代前
ワイは四代前は肖像画みたいな遺影
明治やろうけど江戸時代みたいな顔やな大工さんやからな
146 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:44:34 ID:HMmY
>>139
西暦やと1861年~1969年
激動の100年やな
150 :名無しさん@おーぷん 22/02/03(木)03:47:35 ID:VVGV
>>146
まさに歴史的な時代やな
これやと子供時分のときに竜馬も生きとるしな
コメント一覧 (9)
少なくとも継体天皇では途絶えてると考えられてる
継体天皇は傍系説と簒奪説があるが
傍系説だとしても血縁が遠すぎて万世一系とは言い難い
継体天皇は応神五代とされてるけど、それは桓武-平将門と同じ血縁関係なのよね
馬屋で生まれて、10人の声を聴き分けて、17条憲法を作ったのが、一人の聖徳太子ではないと言ってるだけ
俺も記録に残ってる限り、日本に住んでいるから
非常に遠い傍系ってことで、皇位を継いでも良いよね?
MACOとかKKよりは真面目な天皇になれるぞ
元ネタはね
イサナギの姉のココリヒメが、イサナギにイサナミの死体を見るなと忠告したのよ
だけど、イサナミが死んだと聞いて、違う町からかけつけてきたイサナギは
ナオキカズ、カナシムユエニ、キタルトテ、ユヅのツケクシ、オトリハヲ
タビトシミレバ、ウジタカル、イナヤシコメキ、キタナキト、アシヒキカエル、ソノヨマタ、カミユキミレバ、カナマコト、イレスハチミス、ワガウラミ、シコメヤタリニ、オワシムル、ツルギフリニゲ、エビナグル、シコメトリハミ、サラニオフ、タケクシナグル、コレモカミ、マタオヒクレバ
死んだイサナミと扉ごしに、ぜったいに除かないでくださいねなんていう、交渉はしてないよ
ソノヨマタ、カミユキミレバ ここからイサナギがみた夢の話だと解釈しているよ俺は
イサナギのお姉さんのココリヒメは、死んだイサナミの気持ちを考えて、愛する人にウジのたかった自分の死体を見られるのは嫌だろうとおもって、イサナギに、キミコレナミソ(きみ、これ、みるな)と忠告したのよ